葉隠(はがくれ)
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1.背景
江戸時代の中期、八代将軍吉宗の頃。平和や泰平ということばが似合う時代のこと。
武士と呼ばれる人々も、闘うという心が消えサラリーマンや官僚のようになっていました。
その様な時代。佐賀鍋島藩に仕えた山本常朝(じょうちょう)が口述した内容を、書にまとめたものが「葉隠」。
武士道における、覚悟を説いた修養の書。藩に所属する武士への処世訓が書かれています。
そういう意味では、現代の組織人にも通じるものがあるのです。
ところで、変化を望まない江戸時代において「葉隠」は禁書とされています。太平の世を壊すと考えられたのでしょう。
明治になり戦争の時代になると、逆に貴重な書になったそうです。余談ですが、「葉隠」は三島由紀夫が座右の書としていました。
さて、どんな内容なのでしょうか。丸々鵜呑みにするようなことはせず、人間力養成にプラスになる部分を吸収しましょう。
2.武士道とは
「武士道と云(いう)は、死ぬ事と見付たり」
これが「葉隠」の有名な言葉です。
安易に死ねという事を言っているのではありません。それだけの覚悟を持って、事に臨みなさいということです。
胆力を養う重要性について、一言で表しています。
ところで天下泰平の時代、武士はどのようになっていたのでしょう。
『武士たちは酒・色・金について語り、武士の本分を忘却し、これから逸脱しがちであった。
こうした、休まず・遅刻せず・仕事せずという、「武士」ならぬ「商士」たちの「商(あきない)奉公」に向けて、『葉隠』は一喝する。』
葉隠―武士と「奉公」の著者小池喜明さんは、このように書かれています。
何となくイメージできませんか。成功体験・大企業病・ぬるま湯といった表現がピッタリします。
安定にアグラをかいてしまいますね。
しかし今の日本は・・・歴史の流れで考えれば、確実に乱世ではないでしょうか。
でも自分の会社は大丈夫、まさか自分の身に降りかかることはない。そんな風に考えている人は、まだ多いのではないでしょうか。
そして、ある日突然右往左往することになる。
小池喜明さんは、こう続けています。
『いまや戦闘の時代は遠く去ったが、かつて戦国武士たちが戦場で示したような決死の覚悟をもって
「畳の上」の「奉公」に努めよ、というのである。』
これが武士の「忠」であるのです。
3.志の諫言
(1) 最上の忠節
組織人である武士は、何を為すべきなのでしょうか。
『「名誉と利益ばかり考えるような者は奉公人とはいえない。しかし名誉と利益のことをまったく考えないのも
奉公人として困ったことである」とある老人が話された。』
個人としての損得勘定だけで、仕事上の判断をするようなヤツは困る。と言っている一方で、
個人としての欲がないのも考えものだとも言っています。
相反するような話を聞かされて、では自分はどうすれば良いのか考えてしまうところです。
確かに、個人的な欲や夢が動機付けになることは事実ですね。しかしここでは、もっと大きな視点での
"名誉と利益"についての話がされているのです。
続きを見てみます。
『というので、さらに考えてみたところ、ふと心から納得することができた。
奉公の最上の忠節は、主君に諫言して国家を治めることである。
そのためには下の立場に居るのでは役に立たない。ならば家老になることが最上の奉公である、と。』
主君に諫言して国家を治める・・・とは、
主君といえども人間です、万能ではありません。個人的感情や認識不足で誤った判断をしてしまうことがあります。
そのことによって国民に迷惑がかかったり、主君の立場が危うくなることのないように事前に軌道修正するのです。それが「諫言」です。
誤った判断をせず国民のための政治が為されれば、強い国家基盤ができるわけです。それが国家を治めるということです。
主君に直接意見を言うわけですから、立場が下の人間においそれと出来ることではありませんね。
それならば、それが出来る立場にならなくてはいけません。家老になれば主君に意見が出来るということです。
冒頭の"名誉と利益"とはそういうことです。決して自分のためだけの欲ではありません。
(2) 手段としての力
繰り返しますが組織内で事を為そうと思うならば、どうしても立場が上にならなければ出来ないのです。
これは今も昔も同じということです。
『私欲の名誉と利益ではなく、最上の奉公をするための名誉と利益を考えてみることで納得し、
自己一身の立身名誉欲ではなく公のため藩のための立身出世というように考えるべきだと、
それでは一度家老になってみようと覚悟を決めた。』
個人的な欲としての出世ではなく、事を為すための手段としての力を得ること。
それが志実現につながり、忠節につながるのならば必要なことではないでしょうか。
ここで、気をつけなければならないこと・・・
地位を得てしまったことにより守りに入り、主君の機嫌を取るようになってしまう。
これでは諫言するという本来の役目が、どこかへ消えてしまいます。
(3) 日々続けること
それでは、そこまで辿り着く決意はいかほどでしょうか。
『一番乗りや一番槍を何度もすることよりも、主君の心を正しい方向に導き、国の体制を固めることが大忠節である。
一番乗りや一番槍は命を捨てる覚悟での、その場限りの仕事である。主君の心を正しい方向に導くことは、命を捨てる覚悟が
あれば良いというものではなく、一生骨を折る仕事である。
まず諸先輩や同僚に認められ、主君にも認められて親しくなることができ、そして年寄役や家老になることができなければ諫
言することもできない。この間の苦労は量りがたいものがある。』
この言葉の前半は言いすぎですね。
「葉隠」が書かれたのは江戸時代の天下泰平期のことですから、一番乗りや一番槍が必要なかったわけです。
山本常朝自身が、それを経験した上での言葉ならば重みがあります。これでは少々軽んじている気がします。
それはそれとしまして、とにかく信頼を得なければ前へは進めないわけです。当然ですが、それに
は非常に長い時間がかかります。
若いうちから志を持ち(この場合は、諫言することで国を治めるということ)、
日々信頼される言行を続ける。やがて認められて重く用いられる。
志実現のための近道はありません。遠くを見続けて、あるべき道を歩まなければなりませんね。
(4) ここからが大仕事
やっと諫言を聞いてもらえる立場になれたならば、いかにして言った事を納得してもらうか。ここからが本当の大仕事です。
『志の諫言は他の人に知られないようにすべきである。主君の機嫌を逆立てぬようにし、主君の御癖を直すようにするのである。』
人前は避けなさい一対一ですべきだ、ということです。
説得するために大勢で押しかけたりしがちですが、私は逆効果だと思っています(心細いという気持ちは痛いほど分かるのですが)。
人前で言われると、主人の立場がなくなってしまいます。そうなると自分の考えを変えないものです。
他にも、こんなことを言っています。
『意見を言うときは、その人が受け入れるか受け入れないかを見分け、日頃から親しくし、自分の言葉を信用してもらうように
しておく。
相手が興味を引くような話などで引き付けるよう工夫したり、話を切り出す時と場合を考えたり、自分の至らない点を話すこ
とで相手が思い当たるようにしたり、良い話で褒めることから始めたりして工夫をし、喉が渇いたときに水を飲むように自然
に受け入れてもらう。』
この言葉の最後に「ことのほかやり難いものである」と締められています。色々試行錯誤したのでしょうね。
諫言すれば強い組織を作ることが可能だいうことが、お分かりいただけた
と思います。諫言とは世の中のためになるのですね。それが志の諫言ということです。
4.愚への誘い(ぐへのいざない)
(1) 利発すぎると・・・
次に日頃から注意しておくことを見てみましょう。
『利発を表面にだす者は、多くの人に相手にされない。どっしりとしていなければ、様子や身なりも良くは見えない。
恭しくて苦味があるような静かな調子が良い。』
利発とは、頭が良いとか回転が速いということです。
あまりにも優秀だったり賢すぎると人が敬遠してしまう。能力はいざという時に使えばいいことであり、
普段は馬鹿を演じるくらいが良いのかもしれません。
「能ある鷹は爪を隠す」、
「大賢は愚なるが如し」という言葉で表されています。
『見かけが利発そうな者は、良い事をしても目立たず、人並みの結果では不足のように思われる。
ちょっと見が温和な者は少しの良い事をすれば、多くの人が褒めてくれる。』
こう言っている山本常朝自身が、利発な若者だったそうです。
それに加えて、藩主は利発に見える者が大嫌いだったとあります。
諫言の対象に嫌われてしまえば全てが無になりますから、その経験から山本常朝は語ったのでしょう。
利発をデキルという感じではなく、切れ者とか弁が立つというように考えてみてください。優秀さを表に出すイメージです。
そんな利発ではなく、可愛がられる可愛げがある(アホになる)そんな人間であれ。と言いたいのでしょう。
相手にとって接しやすい、そんな人間性を求めているのだろうと思います。
その山本常朝は利発に見えないように、顔つきを変えてやると決心し実行してしまうのです。
諫言という大きな目的のためですね。そのためには周りに認められなければならなく、
利発に見えないようにする必要があったというわけです。
『「芸は身を助ける」とは、他の武士のことである。ご当家の武士は、
芸は身を滅ぼすことになる。一芸に頼る者は芸の者である。侍ではない。』
ご当家とは佐賀鍋島藩のこと。ここで言う「芸」とは、能力や知識のことです。自分の技を磨き認められるこ
とに注力した結果、人と競争することになる。そうなると忠の心や志が置き去りにされてしまう。そんなことでは侍であ
るとは認められない、ということを言いたいのです。
(2) 主人への注意
この利発ということについて、主人にも注意を促しています。
『利発すぎる御方は、藩主になられると多分に我儘になられ、慢心となり下からの諫言を嫌われるため、
少々鈍い藩主よりも劣ることが間々あります。』
この劣るという表現は、能力的な事を指しているのではありません。国を治めるという政治的な部分を指しているのでしょう。
鈍ければ周りに信頼できる人間を置き、その意見に真摯に耳を傾ければあるべき政治はできるのです。
逆に優秀でも慢心により判断が狂い、かつ聞く耳を持たなければ国を誤った方向に導いてしまうということです。
また採用についても注意を促しています。
『新たな採用者に対して心得ておくべきことがある。自分の才能を表に出したがり、役に立とうとし、
名を挙げたがり、子孫のためになることをしようとする考えがある。その子孫も多分に
このような考えになっていく。』
子孫につなげることは、飛躍しすぎている気がします。
ただ認めてもらいたいという気持ちが強くなりすぎると、芸に走ってしまい自分のことしか考えないようになる。
そうなると大義(天下国家のこと)など思うこともなく、小義(一族のこと)に気を取られる。
そうならないよう気をつけてください、ということです。
賢ければそれだけ良いというわけではありません。幹(志)がしっかりとしたうえでの、枝や葉(能力や知識)だということですね。
納得です。
5.将来像
(1) 立場にない場合
ところで諫言できる立場にない人は、どうすれば良いのでしょうか?
『主君に諫言できるような立場にない場合は、その立場にある人に言ってもらい誤りが直るようにするのが大忠節である。
この段階のために多くの人と親しくしておく必要がある。』
全く同じ内容の意見を言ったとしても、若いというだけで聞いてもらえないことがあります。
ここでは国を良い方向に進めるために諫言するわけですから、主君に聞く耳をもってもらえば良いわけです。
聞いてもらえない自分が言うよりは、聞いてもらえる人に言ってもらうべきだということです。
諫言を聞き入れてもらえて事が丸く収まったとしましょう。その立場にある人が「実は"彼"の意見なのですよ」と、
後日主君に伝えてくれることでしょう。そうすれば主君も「ほぉ」と、"彼"に興味を持つようになります。
仮に諫言で主君の機嫌が悪くなったとしても、その立場の人は"彼"の名前を出すことはしないでしょう。
(信頼できる人というのは、そういうものです)
ところで「そんな頼りになる人は居ない」という方が多いかもしれません。
「頼りにならないんだよなぁ」と言っていても何も進歩がないので・・・
それならば自分が目指すしかありません、自分で成るしかありません。
でも、逆に考えてみると大きなチャンスなのですよね。その役割の人が居
なければ、その立場に成り易いということです。
(2) 道を探求する
いずれは諫言できる立場にならないといけません。そこまでの道のりと心構えは・・・
『現時点でお役に立っている人達も、十五年もすれば一人も居なくなる。今の若い衆が頑張ってみたところで、
そんな人達の半分の役にも立たないであろう。時代と共に人の才能も下がっていくものなので、
ひと頑張りすれば成長の過程で他の人に劣ることはない。そうすれば十五年過ぎてちょうどお役に立てるようになる。』
どこから十五年という数字が出たかは不明です。
今どんなにアガいてもその立場の人に敵うわけがない、またそれだけの人
間力もついていない。その立場の人が引退するときには相応の人物になれるよう、焦らずに成長
を続けるのです。これが知識吸収との大きな違いです、時間がかかります。
最後に、上記"成長の過程"では何を意識するべきなのか。
『武士は信頼し合い、その中でも智恵のある人に自分に対する意見を言ってもらう事を頼み、
自分に欠けていることを知って一生道を探求するようならば、そのような者は国の宝となる。』
諫言しようという人は、自分が誰かの諫言を受けることができなければいけません
(人の話は聞かない人が、人には聞いてもらおうというのも無理な事です)。
そして自分が改めるところを自覚し、日々成長しようとする。あすなろの木のようですね。
(あすなろの語源は、「明日はひのきになろう」と言われています。俗説でしょうが、成長する姿勢として使われています)
目先の事ばかりに捉われず、遠くを見て長い目で物事を考えたいものです。
参考文献:徳間書店『
葉隠―武士と「奉公」』小池喜明著
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