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古典から学びましょう(孟子)
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古典から学び、人間力を養うページです。

「孟子」から学ぶ内容
・不動心を持つ  ・組織は人徳で治める  ・本当の人物とは  ・和の強み  ・不遇を乗り越える  ・徳目  ・人の道


孟子(もうし)

1.背景

中国の戦国時代真っ只中を孟子は生きました。孔子の没後の生まれのため、孔子の孫に教えを受けたそうです。 孔子の思想を学び、諸国を訪れ王に謁見し理想を説きました。人物論だけではなく、政治的判断も素晴らしいものがありました。

孔子は聖人と言われ、孟子は亜聖と言われます。孔子は静で孟子は動、といったイメージがあります。

孟子の言葉には荒々しいパワーを感じることができます。



(以下、メールマガジンでの内容を全て掲載します)



2.浩然の気

志あれば強い意志が働き、つられて体も動くようになる。精神的部分と肉体的部分が一つになれば、天地自然に満ち溢れている気と合体するま でに至る。そんな気の最高のあり方のことです。

難解ですから、強い心・気概・不動心と考えてください。

ちなみに、吉田松陰は「浩然の気と平坦の気を養う」と言ったそうです。 「平坦の気」とは、地道に自分の足元のことを行う気持ちです。


(1) 不動心

孟子が弟子と不動心について話したときに、浩然の気について語っています。


孔子が弟子と勇気について話した内容を例に出しています。自分の判断が正しいと確信するならば、反対者が千万人いても闘う。 その心意気を発展させた気が、浩然の気であると孟子は話しました。

・非常に大きく、非常に剛直な気
・人としての道を歩めば天地に満ちて、その気と一体になる
・何をする時でも、義の心をもって行うこと
・義の道から離れると気が萎える
・義の道を多く行えば自然と気が生じてくる


千万人と闘うという勇猛果敢な精神に加えて、公のために人として正しい道を歩むこと。 それが浩然の気ということです。

猪突猛進と本当の勇気は違うということに気づかされます。


上の立場になればなるほど、「義」という言葉を強く意識しないといけないのですね。 浩然の気だけでなく、志もそうです。他にも過去書いてきたもので、諫言もそうです。胆識もそうですね。


(2) 養い方

浩然の気はどうやって養えば良いのでしょうか。孟子は以下のように言っています。

・自分の仕事であるかのように、常に心しておくこと
・しかし、いついつまでに効果をあげようと予期してはならない
・無理して急速に成長しようとしてはならない
・益がないことだと捨て置くようではいけない

別段特別な事を求めているのではありませんね。志実現の仕方として、王陽明も似た様な表現をしています。


何ごとも理想が大きいほど

・焦らず
・地道に
・目先に捉われない

といったことが必要なのですね。

自分の弱い気持ちといかに闘って行くか。近道なしというわけです。



3.徳で治める

(1) 内部によって滅ぼされる

まず、権力を振りかざすリーダーが居るとしましょう。

・俺の言う事を聞いてればいいんだ(驕り)
・俺に付いていれば儲けさせてやる(欲望)

こんな営業政策があるとしましょう。

・モノが悪かろうが売れればいい
・ライバルが値下げしたならば、こちらも同じ価格にしろ

こんなことを覇道といいます。力による支配です。


リーダーに従っているように見えても、それは上辺だけです。擦り寄ってくるのは損得勘定の人々ばかり。 今はこの人に付いておけば得であろう、という人間が集まります。

順調に行っているうちはまだしも、勢いがなくなってくると惨めなものです。 時間が経てばもっとオイシイ人が登場し、そちらへ鞍替えする。上には上が居るのです。

こんなリーダーの部下からは、同じようなリーダーが育ってしまいます。


「リーダーが損得や利益のことばかり言うな」と孟子は諫めています。

王が損得のことばかり考えれば、家老も損得で考えるようになる。そうすれば、庶民までが損得勘定しかなくなってしまう。 そんな国家は脆いもので、えてして内部の者によって滅ぼされるのです。


(2) 内部が強力になる

上に立つ者はどうするべきなのか。孟子はこう説いています。

「ただ仁義のことばかり考えていればいいのです。」

・「仁」とは思いやり
・「義」とは世のためになる人としての道

そういう気持ちでいれば自然と国は治まるのです。必要とする人物も向こうから集まってきて、心から喜んでリーダーに従う。 力など示さなくても、内部が強力な国となるのです。

これが王道です。


・取引先が自分にペコペコしてくれる
・部下が自分の言う事を聞いてくれる

自分に好意を持ってくれているからなのか?または自分の肩書きの威力なのか?
冷静に見極めないといけませんね。



4.大丈夫

「だいじょうふ」と読みます。「゛」は付いていません。意志が固いしっかりしたヤツを指します。本当の人物ですね。


大丈夫についての、孟子と論客との問答があります。

怒らせると諸侯を震え上がらせ戦争が起こり、大人しくしていると世は平穏無事で居られる。 そんな天下を動かせる人間が大丈夫だと思いますぞ。

そんな意見を、孟子はバッサリと斬ります。

「そんな者は諸侯の顔色を窺い、己の利益のためにしているにすぎない。」


それでは真の大丈夫とは、どのような人を言うのでしょうか。

・地位や金で誘惑されても、心を動かされることがない
・貧しい状況に追い込まれても、守っている行いは変えない
・権力や武力で責められても、志が揺らぐことはない


こういうことが身につけている人の、根底にあるもの。それが「仁」、「義」、そして 「礼」(礼儀正しいことはもちろん、謙虚であり感謝の心を持つこと)だというのです。


ここで「義」について、今一度分かりやすく考えてみます。

・利に走る
・腹黒い
・自己中心

「義」を外れるとこのように言われるのです。だからといって逮捕される訳ではありません。 そんな風に思われるのは御免だとなるのか、甘んじて受け入れるのか。全ての自分の気持ち一つですね。


孔子はこう言っています。

「利を見ては義を思う」(論語 憲問第十四)


例えればこういうことです。

儲け話や楽しい話が目の前にぶら下ったとき、それを実行に移す前に冷静に考えてみなさい。 人に迷惑を掛けないのか、汚いヤツと言われないか。もしそうなると思われるならば、実行はやめておきなさい。

自分の事だけを考えるのではなく、義を優先して考えなさいということです。心のありかたですね。 それが、世のためになる人としての道ということです。


世の中、ありとあらゆる誘惑に満ち溢れています。己が進むべき道がはっきりと見えていないと、わき道や近道にすぐ入り込んでしまいそうです。



5.人の和

(1) 天・地・人

「天の時と地の利を得て戦えば、常に勝利する」(孫子)


天の時と地の利について、孟子はこう言っています。

「天の時は地の利に如(し)かず。地の利は人の和に如かず。」

どんなにタイミングが良くても、良い環境には敵わない。 どんなに良い環境でも、人心が一つになっていることには敵わない。

最強なのは人の心であるのですね。


現実主義と言われた孫子と、理想主義と言われた孟子の考え方の違いが読み取れます。 これは、孟子が王道を強く意識しているからではないでしょうか。

・上に立つ者は、ただ仁(思いやり)と義(世のためになる人としての道)のことばかり考えていればいい
・そういう気持ちでいれば自然と国は治まる
・必要とする人物も向こうから寄ってきて、心から喜んでリーダーに従う
・力など示さなくても、内部が強力な国となる


参考になる話が、中国歴史書「戦国策」に書いてあります。

・上下の隔てなく、本音で意見を交わせような政治を行った
・結束が固い国になっていった
・すると近隣国も恐れ貢物をさし出すようになった
・内部が強ければ、戦わずして勝つことになった


戦わずに勝つならば、時も場所も関係ないですよね。 よって、孟子が言う「人の和に如かず」ということが理解できます。

孫子にも「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」とあります。 これは戦略が重要であるということです。


(2) 和とは

それでは「人の和」とは?

日本人が大切にしている和の心。みんなが左に進むので、自分も左に行かなければならない。 それが和であると思っていることが多くありませんか?

下手に異を唱えると爪弾きされてしまう。それはイヤなので、大勢の決定に従っておく。 ややもすれば馴れ合いであるとか、ナアナアといった集まりになりがちです。これでは内部が強くなることは望めません。


和とは「うまく調和のとれていること。つり合いのとれていること。」 (三省堂 Web Dictionary)
集団に合わせることが和ではないのです。


「どうも片寄った話になって来たなぁ。」

会議などでそんな雰囲気を感じたら・・・
逆のことを考えてみて、バランスを取らないといけないかもしれませんね。



6.大きな任務

(1) 現在のあなたは辛いですか?

・心が痛く苦しい
・体がボロボロになるくらい仕事で疲れ果てている
・金も物も乏しく生活が苦しい
・やる事為す事すべてが裏目に出てしまう

こんな状況の人は居ますか?「俺は何か悪い事をしたか?」なんて、叫びたくなるような時がありますよね?(私だけ?)


このような状況は「天が人に何かをさせようとする」過程で、起きていることだと考えなさいと孟子は言っています。 (今という歴史の流れの中で、避けることの出来ない状況。「天」云々について、私はこのように解釈しています。)


(2) その状況を乗り越えますか?

・その人を忍耐強くする
・負けない心で発奮させる
・今まで出来なかったことが可能になる

このように人として成長してもらうために、現在の状況を天が造っているというのです。 逆に考えると辛い状況を乗り越えられるか、天に試されているのではないのでしょうか。


それを乗り超えるとどうなるのか。孟子はこう言っています。

「天の将(まさ)に大任を是(こ)の人に降(くだ)さんとするや」

天が大きな任務を与えようとしているのです。

だから現状を嘆かずに、乗り越えるることが出来るよう頑張りなさい。そういうメッセージではないでしょうか。 その先には素晴らしいこと・新たな自分・大きなチャンスなどが、待っているのかもしれませんね。


(3) 人恒に(ひとつねに)

最後に孟子はこうまとめています。

・人はミスをした後に改める
・心が苦しくなってから、考えに考えて発奮する
・心労が顔に出て、声に出すようになってから悟る
・国も同じことがいえる。内部に諫言や賢臣がなく、外部に敵や憂いがなければ滅びる


この内容は、吉田松陰が愛唱したそうです。松下村塾でも教えられていたかもしれませんね。



7.四端そして五常へ

人は生まれながらにして善の心をもっている。これが孟子の言う性善説です。 この逆が、荀子の言う性悪説です。

ここでは、性善なのか性悪なのかを考えてみる訳ではありません。 孟子が性善説について語っている内容に、徳目のことで勉強になる話があ ります。これについて学んでみます。


(1) 人に忍びざるの心あり

他人の不幸を見たら平気ではいられない。それが忍びざるの心。

幼児が井戸に落ちそうになっていれば、誰でも助けようとする。

・幼児の父母にお礼を貰おう
・友人に褒められたい
・助けなかったら非難される

そんな気持ちで助けようとする人は居ない。

このように憐れむ心をもっている。同じように、不善を恥じ憎む心をもっている。 へりくだり人に譲る心をもっている。善いこと悪いことを論じる心をもっている。


例えを用いて、このように話を展開しています。もっている心が、徳目を養う根本になるのです。

憐れむ心: 人を思いやる「仁」にやがてなる。
不善を恥じ憎む心: 世のためになる人としての道である「義」にやがてなる。
へりくだり人に譲る心: 礼儀正しく謙虚で感謝する心「礼」にやがてなる。
善いこと悪いことを論じる心: 正邪を正しく判断する「智」にやがてなる。

体の四肢になぞらえて、四端(したん)と孟子は説明しています。


「智」と聞くと、能力や知識をイメージしてしまいます。しかし、それは材料でしかないのです。 判断材料を使って、是非の区別がつくことが「智」。そして、あらゆる状況でそれを実践できることが「胆識」です。


(2) そして5つ目

孟子の四端に、後年「信」が加えられました。

「信」とは嘘をつかないこと。信用や信頼ということで使う字です。
人偏 + 言 ですから、人の言葉には嘘がないということです。


「仁義礼智信」

これが儒教で言うところの、五常の徳(人が常に守るべき五つの徳目)です。

五常の徳ということが自分の知識になりました。これを昇華させ、胆識にまでしてみたいものです。



8.生か義か

(1) 人の道へのこだわり

孟子はこう言いました。

「生きるということももちろん私の望むことであり、義を実践し続けることももちろん私の望むことである。

この両方を同時に得ることが出来ない状況では、生きることを捨てて義を実践し続けることを取る者である。

生きるということももちろん私の望むことであるのだが、生を望む以上に求めることがある。

義を捨ててまで生きようとは思わないのである。」


なんとも凄まじい宣言です。孟子恐るべし。


義とは世の中のためになる人としての道。

孟子は世の中のためを基準に考えていたということですね。自分の損得勘定を優先させなかったということです。 これが孟子の判断基準です。判断に誤りがなければ道を外すこともない。


話しは変わりますが、武士は恥をさらしてまで生きていようとは思わなかった。 「花は桜木、人は武士」と言われた潔さです。

現代に当て嵌めると、責任感ですね。社会に迷惑をかけておきながら、知らぬ存ぜぬなどということは武士には有り得なかったのでしょう。

表現は違いますが、孟子も日本の武士も鋼鉄の意志を持っていたというわけです。人の道へのこだわりですね。


(2) 義と志

上記孟子の言葉を、社会人としての例えにしてみましょう。

「職や収入があるということももちろん私の望むことであり、世の中の役に立ち続けることももちろん私の望むことである。

この両方を同時に得ることが出来ない状況では、職や収入を捨ててでも世の中に迷惑をかけないことを取る者である。

職や収入があるということももちろん私の望むことであるのだが、職や収入を望む以上に求めることがある。

世の中に迷惑をかけてまで、職や収入にありつこうとは思わないのである。」


意思決定をする立場の人ならば。世の中に迷惑をかけても、自分たちが儲かれば良いという発想はしない。

下の立場ならば。もし自分たちが儲かれば良いという決定がされたら、黙って従うことはしない。必ず諫言する。 異を唱えたことでクビになるならば仕方がない。

そういうことではないでしょうか。孟子にとっての義ということが、お分かりいただけましたか。


さぶろう塾では、志を持ちましょうということを言ってきました。その志も、土台となるのは義の心であるわけです。

企業も同様です。いかに素晴らしい経営理念を謳っていても、義と共に実践されなければ絵に描いた餅です。

起業する予定の方。自信をもって理念を話せるよう、立ち上がりたいものですね。


孟子は熱いです。


参考文献:
徳間書店「孟子 中国の思想」今里禎著
明治書院「孟子 新書漢文大系」内野熊一郎著




人間力についてもっと考えてみたい方へ。

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